この国の名前は、ペルシャ語の Iran に由来し、中世ペルシャ語では Ērān と表記されていました。これは「イラン人の土地」という意味で、ēr-(イラン人を指す語)の複数形から来ています。さらに遡ると、古代イラン語の *arya-(古代ペルシャ語では ariya-、アヴェスター語では airya-)が語源で、これも「イラン人」を意味します。インド・イラン語族では *arya- または *ārya- という自己称号が使われており、おそらく「同胞」を意味していたと考えられています(詳しくは Aryan を参照)。
英語でこの名前が使われ始めたのは1760年代で、オリエンタリストや言語学者(アレクサンダー・ダウ、ウィリアム・ジョーンズなど)が歴史的な文脈で用いていました。多くの場合、現代のペルシャと同一視する脚注が付けられており、1903年には「センチュリー辞典」が「クルディスタンとインドの間に位置する地域の古代名」と定義していました。1935年、レザー・シャー・パフラヴィーの政府は、外交関係を持つ国々に対し、ギリシャ語由来の Persia ではなく、現地の名前である Iran と呼ぶよう求めました。